国際組織犯罪防止条約を考える
平成29年5月23日、「組織犯罪処罰法改正案」が衆院を通過した。
この間の国会の議論には釈然としないものがある。このコラムでは、一地方議員の立場から同法議論の問題点を総括する。
■議論ではなく、単なる政争に見えた
私が「組織犯罪処罰法改正案」の国会議論に釈然としなかった最大の理由は、これが議論ではなく単なる政争に思えた点だ。
本来は次のような点を集中的に議論すべきであった。
1.TOC条約締結のために、本当に必要な法案か
そもそも、「組織犯罪処罰法改正案」が法案提出されたのは、TOC条約の締結が目的だった。外務省のHPには次のような記述がある(要旨)。
組織犯罪の複雑化、国際化に対処するために、国連では国際組織犯罪防止(TOC)条約締結に際して、各国の国内法の整備を求めている。我が国の国内法では、TOC条約の締結を行うことができない。
これが全てのスタートだったはずだ。私は国際犯罪には疎いが、「同条約の締結により、締結国相互に犯罪組織に関する情報交換ができる」ならば、諸手を挙げて賛成する。大半の人々が同意する事だろう。
しかし、野党と左派メディアは、現行法のみで(つまり組織犯罪処罰法改正案なしで)TOC条約締結ができると訴えた。それが真なら「組織犯罪処罰法改正案」は不要だ。しかし国会中継や新聞報道をいくら注視しても、その議論は不調である。ここが最大の論点であるのに、野党にはその点を追求する人材がいないのが残念だ。
ちなみにTOC条約を締結していない11か国は次の通り。
日本、イラン、ブータン、パラオ、ソロモン諸島、ツバル、フィジー、パプアニューギニア、ソマリア、南スーダン、コンゴ共和国
元在ウィーン国際機関日本政府代表、小沢俊朗氏は、「締結国会議で、イランなどとともに一番後ろの席に座らされた」と語っている。正に国辱といえる。
2.金田法相 不信任案提出の意図は?
5月17日、与党は衆議院法務委員会で「組織犯罪処罰法改正案」の採決を行うことを予定していた。これに対して野党(民進党)は金田法務大臣の不信任決議案を提出した。不信任案を提出しても、与党により否決されるのは明らかだった。この不信任案提出により、衆議院法務委員会の審議は中断される。審議中断が目的の不信任決議に果たして意義はあるのか?
また今回の一連の議論の中で明らかになったは、金田法相の、同法に対する無知・無関心さだ。国民の自由と権利を一部制限する、重大な法改正時の法務大臣である。委員会答弁は的を射ず、しどろもどろの答弁に見かねた官僚がメモを差し出す。委員会後半は、ほとんどメモの棒読みだった。野党(民進党)は、金田法相の資質に対する追及をもっと強めるべきだったが、早々に矛先を降ろしてしまった。
■野党・左派メディアの主張が稚拙すぎる
次いで私が釈然としなかった点は、野党と左派メディアの主張が稚拙すぎた点だ。
1.「キノコ狩り計画も捕まるのか?」
民進党の山尾志桜里氏は、法務委員会でこう述べた。
「キノコ狩り計画も捕まるのか?」
同氏は、一般市民が監視対象になることをPRしたかった。山尾志桜里氏が例に出したのは森林法である。だが、森林法が想定しているのは、犯罪の資金源となる樹木や土砂の違法採取。現に平成12年には福岡県で土砂採取した暴力団員が森林法違反で逮捕された。キノコではなく、土砂や樹木がお金になるのだ。だから「組織犯罪処罰法改正案」で計画段階から監視が必要なのだ。
音楽教室で、著作権料を支払わずに楽譜を使い演奏するケースを主張した、枝野前民進党幹事長。これも議論が浅薄だった。著作権法が想定しているのは、組織犯罪集団による違法DVDコピーなのだ。
2.衆議院法務委員会の採決は強行なのか?
5月19日、衆議院法務委員会で「組織犯罪処罰法改正案」は可決された。野党は口をそろえて、「数の論理による強行採決だ」と主張した。これは一理ある。国民の代表である国会議員の多数決で様々な法案が採決されるとは言え、少数意見を無視して採決することには反対だ。少数意見に対する配慮をどの程度行うか。それこそが成熟した民主主義国家の有り様だ。
しかし議論する時間にも限度がある。そこで、与党は質疑の目安時間を「30時間」と考えている(そうである)。30時間が長いか短いかはケースバイケースで判断すべきだが、一応の目安を設けることには合理性がある。今回の衆議院法務委員会では、もはや野党(民進党)から建設的な反論は出ていなかった。
日本維新の会の丸山穂高氏は「委員長、もうそろそろいいでしょう・・・」と発言したが、その通りである。
3.共謀罪があってもテロは防げない!との暴論
「組織犯罪処罰法改正案」が衆議院採決された5月23日。ロンドンで爆弾テロ事件が発生し22人が死亡した。コンサート会場を狙った爆弾テロであり、8歳の女児も巻き込まれ死亡するという、許されない事件だった。
これに反応した野党と左派メディアは、「共謀罪のある国でもテロは防げない!共謀罪は無意味だ!」との暴論を吐いた。この暴論を聞いた瞬間、私には次のような事例が頭をよぎった。
「道交法があっても交通事故はなくならない。だから道交法は不要」
「警察があっても殺人事件はなくならない。だから警察は不要」
野党の主張はあまりに稚拙すぎ、耳を疑いたくなる。私たち国民は、公共の秩序安定のために、権力や規制に従って生きているのである。
4.国連の方から来たケナタッチです
5月18日、国連特別報告者のケナタッチ氏が、我が国の「組織犯罪処罰法改正案」に対して批判的書簡を送付した。これを報道で見た私は、
「ん?国連の意向で国内法改正していたはずだが、行き過ぎたという事か?」
「そうか、今の法案では問題があるのかな?」
というようなことを考えてしまった。素直だから、私は。
しかし、5月27日、国連事務総長グテレス氏と会談した安倍首相は、グテレスから次のような言葉を引き出した。
「国連特別報告者は、国連とは別の個人の資格で活動しており、その主張は必ずしも国連の総意を反映するものではない。」
これでケナタッチ氏が「国連の"方"から来た、ケナタッチ」だったことが判明。これでは、
「水道局の"方"から来た***です。」
「消防署の"方"から来た***です。」
と偽って、高齢者を騙す悪徳リフォーム会社と同様でないか。ケナタッチ氏を大歓迎した野党と左派メディアは、グテレス氏のコメント後、一気にトーンダウンしてしまった。
■「組織犯罪処罰法改正案」に対する私なりの総括
1.自由・権利が最も尊いのではない
そもそも基本的人権は、公共の福祉によって制約を受けるのは我が国憲法においても明白であるが、同法反対派に言わせると、この世の中でどのようなものにも優先して尊いのは「自由・権利」となるそうだ。これでは、ホッブズの言う「万人の万人に対する闘争状態」そのものではないか。
(憲法13条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
2.野党と左派メディアがいたずらに世論不安をあおった
共同通信社が5月20日、21日に実施した調査によると、「組織犯罪処罰法改正案」に対して「説明不十分」だと回答した人は全体の77%だったそうだ。野党・左派メディアの努力がこんなところで評価を受けるという皮肉的な結末だ。
3.小林よしのり氏の主張
本来あるべき議論は、キノコ狩りや国連の"方"などの言葉遊びではなく、
今、この時代環境において、我々日本国民の自由と権利を抑制する必要性があるか否か
であるはずだ。小林よしのり氏は、この点に明快に回答している。「組織犯罪処罰法改正案」に反対の隊場を取る小林氏の意見要旨は、
①自分も経験したが、長い一生の中で権力に物を言う(行動する)状況に陥ることもあり得る
②日本は欧米とは文化が異なる。不文律のモラルがあるため、一般市民への法規制化は向かない
誤解を恐れずに要約すると、こんなところだろう。小林よしのり氏と言えは、かつてオウム真理教により組織的暗殺計画の対象とされた人物である。一方で、薬害エイズ問題では厚労省に対して「物を言う市民」として、行動の一歩手前まで行ったそうだ。
法治国家において、氏の言う「行動」が何を指すのかは不明だが、仮にそれが武装蜂起であるならば、それは氏の反論主張の根拠にはなりえない。あくまでも言論によって主義主張を戦わせるべきだ。
しかし、私がここで小林よしのり氏の主張を引用したのは、「これぞ与党に対する保守派の反論」だったからである。氏の主張には、民主主義の有り様が見て取れる。民進党・左派メディアとは、そのバックボーンが違うのである。
【この記事の執筆者】
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◆プロフィール
奈良県橿原市 1975年生まれ
奈良県立畝傍高校卒 / 同志社大学法学部卒
◆奈良県橿原市議会議員/井ノ上剛(いのうえごう)公式サイト
◆介護職員実務者研修修了
◆社会保険労務士、行政書士
(執筆の内容は投稿日時点の法制度に基づいています。ご留意ください。)
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